批判嫌いな大学生は知らない。批判の本当の意味。

批判嫌いな大学生は知らない。批判の本当の意味。

こんにちは。大学3年のダイキ(@daiki)です。

大学に入り「批判」という言葉がよく出てきます。批判という言葉に敏感になりました。

多くの人は批判をマイナス表現にしか捉えません。しかし批判していくことが大学生には必要なことであり、これをできるかが「鍵」を握っていることだと思うのです。

批判の意味は

「考えて判断すること」

です。

今回は以下の人に向けて書いていきます。

  • 批判されたくないと思っている人
  • 批判は良くないと思っている人

目次 [見る]

「批判」の定義

批判の定義を辞書で確認してみましょう。

  1. 物事に検討を加えて、判定・評価すること。

  2. 人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。「周囲の批判を受ける」「政府を批判する」

  3. 哲学で、認識・学説の基盤を原理的に研究し、その成立する条件などを明らかにすること。

以上、デジタル大辞泉より。

どの定義をとっても「判断していく」ということが必要そうですね。

定義と思い込みの矛盾

多くの人は2番の定義の「人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し」という状態をピックアップし「批判」の意味だと思い込んでいるように思えるのです。「人の欠点を指摘する」ことが批判だと思い込んでいるように思えるのです。

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定義の中で意識しないといけないことは「判断していく」ということです。定義の1~3番のどれをとっても「判断していく」となります。

本当の「批判」を見出す

先ほど、意識しないといけないことは「判断していく」ことだと伝えました。判断するには何が必要でしょうか。

そうです。

判断するためには「どういうことかな?」と考えなければ判断できません。

「考える」ことが必要なのです。

よって私は批判の意味をこう見出しています。

「考えて判断すること」。

マイナスイメージを払拭したい

批判はよくないことだという誤ったイメージが、社会がよりよくならない原因ではないかと思います。批判しないということは「私は考えません」と公言しているようなものです。そこに現状維持もなければ発展もありません。

 

大学という場所は、高校までとは違って自ら活動しなければ何も得られない場所です。だからこそ「考える」ことと「判断すること」つまり「批判すること」ができなければ何も得られません。感動も学びも得られません。

 

積極的な批判を

だからこそ私は積極的に「批判」が行われる社会を創りたいと思っています。この記事がそのきっかけになったら嬉しいです。この記事も批判してくださいね(笑)。

大切なことは人を否定することではなく、よく考えて判断することです。より良い指摘をしていけば、良い批判になるのではないかと思います。

最後まで読んでいただいて感謝です。ありがとうございます。

他の記事も書いているので読んで行ってくださいね。