友達と喧嘩した流れで「ヒッチハイク」をして得た1つのこと。

 

こんにちは。大学3年のダイキ(@daiki)です。

去年の夏にヒッチハイクをすることになってしまいました。ヒッチハイクをすることが目的だったのではありません。するしかなかったのです。

この一連の出来事から僕が知ったことがあります。

ということです。

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ヒッチハイクをすることになった経緯は喧嘩。

男二人で九州を1周することがこの旅の目的でした。その中でも各々テーマがあり、僕的には長崎の原爆関連施設を訪れることが目的でした。ひょんなことから気分が悪くなり(本当に色々あったのであえて書きませんが 笑)「別れて別々に旅をしよう」と提案しました。共用のレンタカーは彼に譲り。二人で東京-福岡の飛行機を往復で取得していたので最終日に合流する約束をして別れました。旅の状況は福岡-佐賀-長崎と来ていて2日目の夜でした。次の日の朝、友達は熊本へ向かって出発しました。僕はもう1日長崎を旅してから無気力状態に陥りとりあえず「福岡」に戻りました。

 

福岡に戻った理由としては、

  • 無気力状態になったため旅継続はお金の浪費だと思ってしまったこと
  • 福岡から東京行きの夜行バスが出ているため

そうです、何を隠そう「帰ってしまおう」と思っていたんです。飛行機代を無駄にするのを恐れて、ただ旅をしている方がお金がかかると思ったんです。日本は宿代も割高ですし。福岡につき、どうしようかと迷っていると喧嘩した友達から電話が・・・。

「ダイキ、鹿児島の知覧だけは行った方がいいよ、絶対。」

知覧には特攻隊の基地があったんです。この九州の旅を計画を立てた時「知覧に行きたい」と言いだしたのは僕だったことを思い出したのです。そうだ、行きたかったんだよな。初めて九州まで来て行かないのはそれはそれで気分が悪いので。と考えていると徐々にこう思って来たのです。「知覧に行きたい・・・・・」

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しかしここで現実が襲いかかってきます。

  • つかえるお金がない
  • 車もない

この旅の数日前までインドネシアに行っていた僕にはお金がありませんでした。

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そしてレンタカーも友達に譲ってしまった。そのため移動手段がない!!!!!!とても困りました。となると思いつく選択肢は2つ。

旅でお金が足りなくなったなんてかっこ悪くて言えないと思いました。必然的に僕が選んだのは後者だったわけです。しかし不安が大きかったのを覚えています。不安は以下の通りです。

  • そもそもヒッチハイクを経験したことがない
  • 知らない人に乗せてもらうのが怖い
  • 福岡から鹿児島までどのくらいの時間かかるの?
  • コミュニケーションをしっかり取れるか不安
  • 悪い人に拾われたらどうしようという不安

不安に対してメリットは以下の通りです。

  • 交通費がかからない
  • 鹿児島県の知覧に行ける

踏ん切りがつかず2時間くらい悩んだのを記憶しています。実は結構ビビリなんです(笑)。悩んだ結果、僕はメリットをとると決意したんです。決意してからは早かった、気づいたら100円ショップに行ってスケッチブックとマジックペンを購入していました。

「知覧よ、まってろよ!!」

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ヒッチハイク開始。

結果、久留米市まで行ったので、行ってから記録のために久留米と書きました。

さぁ、ヒッチハイク開始。博多駅の近くで「福岡インター」と書いて道路へ立ってみました。時刻は14:00くらい。15分くらいしても一台も止まりません。しかし多くの人が興味深く僕をみてきます。恥ずかしいけど、それがまた興奮する・・・。そこへ話しかけてくる人が・・・

ヒッチハイクですか?ならいい場所案内しますよ!」と。

いきなり助けてくれる人が現れました。彼も大学生でヒッチハイクで旅をしていたのだとか。経験から車が捕まりそうな場所へ案内してくれました。彼曰く

  • 高速道路へ向かう車が多いと予想できる道

が良いらしいです。立ち始めて20分。「乗りなよ!」と若そうな男の人が止まってくれました。なんと僕より2歳したの19歳でした。 彼はヒゲを生やした僕をみて「こいつ本当に21歳かよ」と思っただろうなぁ。彼は博多駅周辺から熊本県に間近の「久留米市」まで乗せてくれました。

彼の

「地元にずっといたら刺激が少なく、本当に面白くない。だから俺は福岡市まで出て仕事をしてるんだよね」

という発言が心に残っています。ありがとう。

2台目。出会いは一瞬だった。

さっきの彼と別れて、またスケッチブックを掲げる。場所は高速道路の入口でした。

掲げること1~2分ほど、「乗ってげ〜」とおっちゃん二人組みが登場。

こんな、運が良いことあるのかと興奮気味に乗り込む。おっちゃん2人は風俗帰りだったみたいです。(あの清々しさはそのためか。 )でも九州の話をたくさん聞かせてくれてあっという間にサービスエリアに到着。ぶどうをいただきました。

おっちゃん達、ありがとうございました。時刻は確か夕方。うっすら暗くなっていました。

3台目は気まずい。サービスエリアからのスタート。

サービスエリからのスタートは僕の性格が問題なのかハードルが高いです。理由は「直接交渉」が必要だからです。道端ではただスケッチブックを掲げていればOKですが、サービスエリアでは動きがあまりないため「乗せてくれませんか?」と直接交渉をしなくてはならないのです。確か3台ほど声をかけていると「乗りますか?」と妊婦さんが話しかけてきました。なんと赤ちゃんがいて大変な時期にも関わらず熊本の中部くらいまで乗せてくれました。車が多く立ち寄るであろう24時間営業のサービスエリアまで乗せてもらいました。

「ご飯はどうするの?」という質問から始まり、「一人じゃ寂しいでしょ」と一緒に食べてくださる上にご馳走までしてくれました。お金がなく、乗せてもらっているだけで嬉しいのに、その嬉しさで涙が出るほどでした。初対面の大学生にこんなにも優しくしてくれるなんて。感動でした。そしてあの人のような大人になりたいと心から思いました。

この時の味が忘れられない。ごちそうさまでした。

ご飯を食べて、その妊婦さんとはお別れしました。

時刻は20:00くらい。暗くなったら急に車を探す勇気がなくなったため、サービスエリアで寝ることを決意。長椅子を探し回って屋内で寝ることができました。

関連記事:サービスエリアで寝るヒッチハイカーが絶対に注意すべきこと。

 

4台目。またスタートは・・・

朝。またスタートはサービスエリア。車が少ない・・・。焦りながら鹿児島方面へ行く車を探しつつ声をかけて行く。

5台ほど声をかける「鹿児島方面へ行きませんか?」と。すると、「近くまででいいなら」と通勤途中だというサラリーマンのお兄さんが拾ってくれました。

お兄さん自分の仕事の経緯や大学生時代のことをよく教えてくれました。ヒッチハイクで出会う人に聞く話は地元独自の話です。観光の雑誌には決して書いていないリアルな世界を知ることができます。深い旅をしているようで本当に面白いです。高速道路をおり、高速道路入口で降ろしてくれました。ありがとうございまいた。

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5台目。いかついお兄さん2人組み。

久しぶりに降り立った一般道。確か人吉ってとこだったような気がします。あまりのローカルさに「車捕まるか・・・」と不安に思いつつスケッチブックを持っていました。

するといかついお兄さん2人組みが通りすぎました。どちらも(確か)体格よく短髪、金のアクセサリー、サングラスと「危ない匂いがする」と脳が言っている気がしました。その2人組みは僕をチラ見するも通り過ぎて行きました。(内心ホッとしています。)

ここでは結構時間が、かかりました。苦戦していると私もヒッチハイカーです、と人が近寄って来ました。彼はサラリーマンをやめて日本をヒッチハイクで回っている人でした。少し話すと仲間だね、ということでスポーツドリンクを恵んでくれました。(もう恵んでもらってばかりで・・・・ありがたい。)

いただいたスポーツドリンクとバックパック。このバックパックを背負うと旅モードに入り、高まります。愛着も出てきました。

その彼と別れて5分くらいで車が止まりました。見覚えがある車・・・あ、さっき通り過ぎたいかついお兄さん2人組みだ!!!!!!。

 

恐る恐る乗り込みます。話し始めると一人が僕と同じ21歳でもう一人が(確か)2歳上でした。仲良しらしく熊本の人吉から鹿児島まで競馬に行くのだとか。話し出すとめちゃくちゃ穏やかな2人でした。人吉だけに人良しですね。しかもどちらも結婚して子どもがいました。

  • 九州は田舎で刺激がない

だから結婚するくらいしかやることがない・・・と口を揃えて言っていました。本当かな〜と想像するも、複雑な気持ちになりました。ヒッチハイクしてるしている人もいれば子どもを数人育てている人もいる、自分のことと比較したら「すごい」と思い尊敬の念を抱きました。

人通りが多そうなサービスエリアまで乗せてくれました。

貴重な話を聞かせてくれて、ありがとうございました。

6台目。自分の予定を変更してまで

鹿児島県に入ったくらいのサービスエリアからスタート。やっとみつかった相手はおじいちゃんだった。2つ先のサービスエリアまでなら乗せてくれるという。2つ返事で「お願いします!」と返した。走行中雨が降って来ました。

「雨が降って来ちゃったな、傘もないし。かわいそうだ」

んでもって。

「どこが目的地だ?」

遠慮するも

「俺、予定ずらせるからそこまで乗せてってやるよ」

とおじいちゃん。申し訳ないけどご厚意に甘えさせていただきました。

本当にありがとうございました。

無事に知覧にアクセスできる「鹿児島中央駅」に到着しました。

鹿児島中央駅

 

その後、知覧での出来事は関連記事にまとめておきます。読んでくださいね。

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ヒッチハイクを振り返る

  • 敷居が高いと思い込んでいただけ

ヒッチハイクなんて「いけてる人」がやるものだと思い込んでいました。コミュニケーションがうまくとれるか、なんて考えるだけ無駄でした。乗る僕が緊張しているということは乗せる方も緊張しているんです。相手も「人」なんです。そう考えたら「ありがとうございます」から素直に話せばいいんです。

悪い人だったらどうする?という懸念はただのイメージで、実際にやってみた人のブログや自分の体験から「悪い事態に陥った事例」は聞いたことがありません。

自分ではない他者、他人は「知らない」ゆえに「怖い」と思って(思い込んで)敷居が高くなっているのかもしれないと思いました。やったこともないのに敷居が高いのは想像(幻想と言っても良いほど)にしかすぎない恐れなのです。

したがって「知らないのに敷居が高いと思い込んでいるだけ、知った気になっているだけ」だと感じたのでありました。

関連記事:「人それぞれ」は知った気になっているだけ

たくさんの人のご厚意で旅をすることができました。本当に感謝しています。ありがとうございました。

一方、喧嘩で別れた友達はどうなった?

その友達(彼)は彼なりに旅を楽しんでいました。結局途中からなんどもやりとりをしていました。福岡空港で合流し「お互いの旅の断片」を交換し合いながら、そして未来を語り合いながら飛行機に乗り東京へ帰って来ました。たまたま偶然喧嘩になったように思っていましたが、今思うと必然だったなと感じます。

彼は初めてひとり旅を味わったそうです。寂しさもありましたが、そこにも面白さを見出したそうです。(さすが僕の仲間!!)

喧嘩するほど仲が良いという言葉もあります。大学生にもなって喧嘩かと言われたこともありますが、喧嘩しないのが良い大人というふうにも思えません。むしろぶつかるからこそ、その先があるのではないかと思うのです。自分の気持ちを相手に伝えようとする、それができる人と巡り合って行くことが大切なんじゃないかと、その友達から日々学んでいます。

二人の中では結果別れてよかったということで落ち着いています。

彼とはまたいつか旅に出ることでしょう。そういう話をしています。(お互いに懲りていませんね 笑)