授業で帽子を取るのは常識ですか?

 

最近「ん?」と思うことがあります。

それは「授業中は帽子を取りましょう」という発言です。

どうもこんにちは。大学3年のダイキ(@daiki)です。


 

授業中、会議中は「帽子をとりましょう」。

さて、どうしてなんでしょうか。

 

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聞いてみる。

帽子を取りましょうと発言した人に対して「なぜですか?」と聞きます。すると「常識だから」「マナーだから」と答えてくる人がほとんどではないかと思います。

 

ちなみに私が聞いてみるとほとんどが「常識だから。逆に恥ずかしくないのか?」と聞いてくるのです。ひどい場合には「揚げ足をとるな」と罵られます。

しかしここで思考停止に陥ってはいけません。無理矢理に納得しようとする必要はありません。だって納得してないんだから。

 

さらに踏み込んで聞いてみる

こういう場合必要なのは、「なぜなのか考える」ことです。

「マナーってなんですか?」「常識ってなんですか?」と考えなければならないです。

マナーと常識になっていることには必ず理由があります。だから「マナーや常識という形」で定着しているわけです。だから本当は常に理由を考えるべきであって、「マナーや常識」って言葉をひとり歩きにさせてはいけないと思うのです。

 

 

このような根本的な話をして「めんどくさい」と言われてしまうような先生や上司についてくのはやめましょう。理由は「マナーだ!常識だ!」と押し付けてくる人に限って「マナーや常識」が何なのか知らないし、考えていないからです。なぜ、自分も知らないことを他人に強要できるのでしょうか?

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突き詰めて聞いてわかったこと

この話をある先生とした時にこんなことを知りました。

もともと帽子は「日よけ」で「頭を守るために」に作られたものだった。日差しから頭を守るための帽子なので、屋内では不要なものとされていた。

そういうものなのに関わらず屋内で帽子を取らずに人に接することは「失礼」に当たる。だから屋内で帽子を取るのはマナーとされ常識になった。

 

この話なら常識と言われても納得できそうです。こうに説明できる人は常識と言っても納得させることができます。むしろ積極的に常識という言葉は使わないように思うのです。

 

しかし納得できない人が現代に多い理由は「マナーや常識の理由」が説明してもらえないからなんです。

 

説明しない方はしない方で「考えたことがないから、わからない」のではないかと思うのです。

ある先生は次のように話を進めます。

その一方で現在帽子はファッションとして取り入れられている。その時代を生きている若者は「帽子=ファッション」の意識が強い。

一方で年齢によって「帽子=日よけ」と思っている人も多い。

 

となると、生きる年代によっても「マナーや常識」は違いそうですね?

マナーや常識を批判していく

生きる年代や、それによる背景によって「マナーや常識」が異なるのならば「批判」していくべきです。その考えは本当に正しいのか考えなくてはいけません。

理由は考えない世の中になったら「時代遅れの不必要なマナーや常識」が残り、苦しめられるのは今を生きる私たちだからです。

わからないこと、納得できないことには「なんでですか?」と勇気を持って聴いてみましょう。立派な人なら答えられなかったとしても「どうしてだろう」と考えてくれるはずです。そしたら一緒に考えればいいのです。これが理想であり実現したことのように思うのです。

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これが本当の「常識にとらわれない」ということだと思います。

 

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