大学1年でカンボジアに行って得たこと。

 

こんにちは。大学3年のダイキ(@daiki)です。

大学1年の時(2015年春)の僕は夢のようにも思える興味がありました。それは・・・・

ということでした。

僕は運命的な出会いで学生のみで創るカンボジアツアーに参加しました。そこで得たことについて書いていきます。外国に行くっていうことはどういうことなんでしょう。

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BUKASで創ったカンボジアツアー

BUKASというのは大学生が主体性を持って運営している組織です。「やりたいことを胸に抱いた学生」が集まります。その主要な活動の一つが東南アジア各国へのツアーだったのです。

まずツアーに参加しようと決意したのは上述通り、

この二つの理由からでした。当時のチームリーダーの上手な勧誘に、参加を即決したことをよく覚えています。

 

『学校に通えるのに通わないカンボジアの子どもたちを学校に通わせる』という研究チームみたいなチームでした。ミーティングで意見は気がすむまでいう。そこに妥協は一切しない(することは許されない 笑)。「こんなの議論して、答えでるの?」って思っていても最後には絶対に誰も妥協しないで答えを出すことができるのです。すごいと思っていました。僕にとってチームは刺激的な場所でプランをとことん練って、渡航しました。その中で僕が得たことをは『常識を疑うこと、なんで?って自分に問いかけること』これだと、思っています。

 

言葉が通じない村に泊まること、初めて外国にいくこと、カンボジアに踏み込むこと、教員養成校で国は違えど教師を目指す同士と触れ合うこと、トゥクトゥクに乗ること、喋れないのにインタビューすること、身振り手振りでも言葉は通じると思っていたがまったく通じず気まずくなったこと。全てが新鮮で、キラキラしていて、こんなことが大学生にできるのかと圧倒されたのを今でも思えています。この経験が今の僕を作っていると、ことあるごとに感じています。

 

シェムリアップ空港/木造づくりでまだ新しい。スコールで濡れた地面が空を大きくさせる

常識がぶち壊された

日本という国で育ち日本で暮らす僕には僕の周りで起こりうることが常識だったんです。例えば

  • 言葉が通じること
  • 水道の水を飲めること
  • 学べること、その環境が整っていること

これだけでもカンボジアには全て当てはまらなかったです。そんな経験をした僕は自分の常識は常識ではないという考えるようになり、最近では常識なんてないと思うようになりました。

関連記事:授業で帽子をとるのは常識ですか?

 

誰かに何かを説明する時に言葉にすることが難しく無気力で諦めの気持ちを乗せて遣ってしまうのが「常識」だと思うんです。常識で片付けることをやめて、何で水道の水が飲めないのか?「なんで?」と問いかけて行くことが大切なのかなと思っています。

この経験が現在に影響を与え続けている

大学の学年が進むに連れて、将来どうしたいのか、いい意味で悩むようになりました。こうに悩めているのも、考えることに妥協をしないツアーに行き、常識はないと気づくことができたからなのかなと思います。

これからはここから逃げずに自分に向き合うことが大切だと思っています。自分よ、どう生きていきたいんだ?

関連記事:無気力は未来を開くヒントか。無気力で大学へいけなかった大学1年生の後期に学んだこと。

初めて外国の空気を吸い込んだ2015年のカンボジアツアーというのは別格で、そんなツアーに一緒に連れて行ってくれたメンバーに感謝です。ありがとうございました。

あ、アンコールワット行けましたよ。アンコールワットについてはまたの機会に書こうと思います。お楽しみに。

一生に一度は訪れたいと言われるアンコールワット。世界三大仏教遺跡ともいわれいている。ここには一日中いられる気がする。

 

ずらずらと書いてしまいましたが、常識を疑う、常識なんてない、という気づきがカンボジアツアーで得たことです。

 

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僕の大学生活の原点はカンボジアに行った経験でした。

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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。